運転手葛城の回想録~第一話~

これは4コマ漫画に出てくる葛城のおじいちゃんの若いころのお話です

長いので暇な方はどうぞ

 

今から思い返せば、いろいろなことがあった。

タクシーにはいろんな人が乗る。

中には個性が強すぎる傾向にある人もいた。

私ももう年だ。

いつ忘れるか分からないので、ここに記しておこうと思う。

これは、遠い昔。私がまだ20代のころの話だ。

 

雨が降りそうで降らない、じめじめとした嫌な天気の真夜中。

真冬特有の寒さが、身を縮ませる。

手をこすり合わせながら客を待っていた。

「すいません。」

外を見ると、黒いコートを着て、同じく黒い帽子、黒い靴、黒い手袋を身に付けた女が立っていた。

まあ、真夜中のことなので違う色だったかもしれないが、暗闇の中に立っていたのでよく見えなかった。

真っ黒な女が乗り込む。

「どこまでですか?」

「何か言うまではまっすぐ行って。」

そしてタクシーが出発した。

「嫌な天気ですね。」

そう話しかけたが、女は俯き、黙ったままだ。

「こんな日には嫌な気分になりますね。」

女はゆっくりと答えた。

「本当に。」

暗く、響く声で続ける。

「こんな天気じゃやってられないわ。」

女の声はどこか暗かった。

それだけは断言できると思う。

話を続けるべきか迷っていると、女が口を開いた。

「夫がね、今日は帰ってこないから。」

帰ってこない?浮気か何かかと思ったが、また女が続けた。

「夫は警察の仕事なんです。ついさっき殺害事件が起こって、それで帰ってこないの。」

「警察の身内の方は情報が早いですね。

 ついさっきまでラジオを聞いていましたが、そんなニュースはやっていませんでしたよ。」

「でしょうね。でも、今回は特別早いわ。」

「特別、ですか?」

女の鋭い声がとんだ。

「右に曲がって。」

その通りにハンドルをまわす。

「ナイフで何か所も刺されたみたい。

 そのうちラジオが本当にグロテスクな状況っていうと思うくらいに。」

夫から聞いただけでも分かるほどにグロテスクなのだろうか?

「どのへんであったんでしょうかね?」

「この近くよ。」

「変ですね。パトカーなどは見かけなかったのに。」

変な沈黙が流れる。

「次は左。」

少し間をおいて女は言った。

「ほら、派出所が近いじゃない?自転車なんかでも行ける距離だったって聞いてるけど。」

まだニュースでも流れていないのに、よく情報をつかんでいる女だ。

「次も左。」

また沈黙が訪れた。

「止まって!」

着いた先は……

「派出所…ですか。旦那さんに渡すものでもあるんですか?」

答えはすぐにかえってきた。

「聞かないほうがいいこともあるわ。」

その時初めて女の顔が見えた。

美人だった。

「料金は?」

「えっと……。」

その日、客は女が最後だった。

 

翌日の新聞を見て、のけぞった。

「またもや殺害事件 犯人自首」というタイトルがおどっていた。

そこに、そこになんと……

 

女の写真がのっていた。

増野 あきこ(26)

それが、女の名前だった。

しかし、女の名前の前にはこんな文字があった。

  被告

新聞を読むと、増野あきこ被告は自分の夫をナイフで何か所も何か所も刺し、殺害したとのこと。

その直後に自首。

すぐに駆けつけたが、夫の息はすでに絶えていた。

増野あきこ被告は「夫の浮気が原因だ」と話しているという。

 

「すると……」

鳥肌がたった。

「俺は自首をしようとしている被告をのせたわけか……」

下手なことをいうと殺されていたかもしれない。

運転手はうなり、新聞を捨てた。

 

 

-END-

 

 

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