運転手葛城の回想録~第四話~

その日はクリスマスイブ。

いつにもまして客が多かった。

実を言うと、あの年の客で覚えているのはあの若い男のみ。

なんとなく忘れられない客の一人である。

 

 

「○○空港までお願いします」

「はい」

若者は、ニコニコしながら乗り込んできた。

首から大きなカメラを下げている。

レトロなカメラだな……。

「旅行ですか。」

「ははは、そうですね。」

眉尻を下げて苦笑した。根がいいに違いない。

「写真を撮りに行くんです。祝日なんて関係なしで仕事ですよ。」

「大変ですねぇ。」

「運転手さんもね。」

ははははは……と、タクシーに明るい笑い声があふれる。

「でも自由でのびのびできる仕事なんじゃないですか?」

「まあ自由ですから、今日行かなくてもいいんですけどね……。」

ゆっくりと時が流れているような気がした。

「約束なんですよ。」

「約束……。」

とっさに羨ましいと感じた。この人には約束がある。大事な約束は人を変えることがある。

「なんだかロマンチックですね。」

というと、大爆笑されてしまった。

「あはははは!女とのロマンチックな約束じゃないですよ!いや、女には変わりないが……」

笑いを引きずったまま、説明してくれた。

「去年のクリスマスに、アフリカのほうへ行きましてね。

 何かプレゼントして、笑った笑顔を撮ろうと思った。

 手っ取り早く言うと、仕事のために笑わそうとしたんです…。」

若者の声がしずんできたので、口をはさむ。

「そりゃ、そういう面は誰にでもあるでしょうね。」

「貧しい暮らしをしているある女の子に、サンタさんに欲しいものを聞いてみました。

 僕はてっきり食べ物や水、可愛い人形などが欲しいんだと思っていて、用意していました。

 すると、女の子はなんて言ったと思いますか。」

信号が赤になったのでミラーを見ると、ミラーごしに目があった。

その目は強い光をたたえているようで、思わず見つめてしまった。

若者が口を開くまで見ていたと思う。

「今の状況で満足だから、何も要らない、と言ったんですよ。」

すぐに反応できなかった。

ぴったり合う言葉を、私は知らなかったからだ。

今でもその言葉は見つからない。

「僕は貧しいと思っても、その子にとってはそれが当たり前だったんです。

 僕は、僕の知らないところで見下していたのかもしれません。

 あたえる側だと思っていたのだから。」

若者はにかっと笑った。

「逆にいい言葉をあたえられましたよ。」

若者は立派だと思う。自分自身を恥じている。

あなたは立派です、と伝えたかった。

「私はあなたにいい言葉をいただきましたね。私は普段恵まれているということを忘れてしまう。」

しかし、伝わったのかどうか……。あっさりと返された。

「人はみんなそうでしょう。」

若者は言葉を紡いだ。

「僕は、女の子の写真を撮りました。

 そして、来年現像した写真をプレゼントしようと約束したんです。

 女の子の強さを撮ったつもりなんですがね……。

 強い人だと、言ってあげたかったんです。」

そのあと、沈黙が続いた。

私はその言葉をかみしめていた。

女の子がいつまでも強くあってほしいと、ただひたすら願った。

 

-END-

 

 

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