その日はクリスマスイブ。
いつにもまして客が多かった。
実を言うと、あの年の客で覚えているのはあの若い男のみ。
なんとなく忘れられない客の一人である。
「○○空港までお願いします」
「はい」
若者は、ニコニコしながら乗り込んできた。
首から大きなカメラを下げている。
レトロなカメラだな……。
「旅行ですか。」
「ははは、そうですね。」
眉尻を下げて苦笑した。根がいいに違いない。
「写真を撮りに行くんです。祝日なんて関係なしで仕事ですよ。」
「大変ですねぇ。」
「運転手さんもね。」
ははははは……と、タクシーに明るい笑い声があふれる。
「でも自由でのびのびできる仕事なんじゃないですか?」
「まあ自由ですから、今日行かなくてもいいんですけどね……。」
ゆっくりと時が流れているような気がした。
「約束なんですよ。」
「約束……。」
とっさに羨ましいと感じた。この人には約束がある。大事な約束は人を変えることがある。
「なんだかロマンチックですね。」
というと、大爆笑されてしまった。
「あはははは!女とのロマンチックな約束じゃないですよ!いや、女には変わりないが……」
笑いを引きずったまま、説明してくれた。
「去年のクリスマスに、アフリカのほうへ行きましてね。
何かプレゼントして、笑った笑顔を撮ろうと思った。
手っ取り早く言うと、仕事のために笑わそうとしたんです…。」
若者の声がしずんできたので、口をはさむ。
「そりゃ、そういう面は誰にでもあるでしょうね。」
「貧しい暮らしをしているある女の子に、サンタさんに欲しいものを聞いてみました。
僕はてっきり食べ物や水、可愛い人形などが欲しいんだと思っていて、用意していました。
すると、女の子はなんて言ったと思いますか。」
信号が赤になったのでミラーを見ると、ミラーごしに目があった。
その目は強い光をたたえているようで、思わず見つめてしまった。
若者が口を開くまで見ていたと思う。
「今の状況で満足だから、何も要らない、と言ったんですよ。」
すぐに反応できなかった。
ぴったり合う言葉を、私は知らなかったからだ。
今でもその言葉は見つからない。
「僕は貧しいと思っても、その子にとってはそれが当たり前だったんです。
僕は、僕の知らないところで見下していたのかもしれません。
あたえる側だと思っていたのだから。」
若者はにかっと笑った。
「逆にいい言葉をあたえられましたよ。」
若者は立派だと思う。自分自身を恥じている。
あなたは立派です、と伝えたかった。
「私はあなたにいい言葉をいただきましたね。私は普段恵まれているということを忘れてしまう。」
しかし、伝わったのかどうか……。あっさりと返された。
「人はみんなそうでしょう。」
若者は言葉を紡いだ。
「僕は、女の子の写真を撮りました。
そして、来年現像した写真をプレゼントしようと約束したんです。
女の子の強さを撮ったつもりなんですがね……。
強い人だと、言ってあげたかったんです。」
そのあと、沈黙が続いた。
私はその言葉をかみしめていた。
女の子がいつまでも強くあってほしいと、ただひたすら願った。
-END-